JSAI2021企画シンポジウム

忘却するWebの実現に向けた認知的・経済的アプローチ

本ページは,第35回人工知能学会全国大会にて開催される企画セッションのページです.

  • セッション日程: 2021年6月11日(金) 11:00-12:40
  • 開催場所:ZOOMによるオンライン開催

企画者

  • 森田 純哉(静岡大学)
  • 高口 鉄平(静岡大学)
  • 遊橋 裕泰(静岡大学)
  • 山本 祐輔(静岡大学)

1. 趣旨説明

近年のウェブおよび機械学習の発展は人間の生活および経済の仕組みを著しく変化させている.一方で現代のウェブ情報基盤は,人間が元来有する認知機構および旧来の社会構造との軋轢を生じさせている.忘れられる権利に関わる問題はその一つであり,こういった問題を解決するためには,人間および社会に関する領域と技術に関わる領域の密接な協同が求められる.本セッションでは,JSPS「課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業」の下で実施されるプロジェクトの成果を紹介しつつ,この問題をめぐる制度設計と技術発展の方向について,法制度に関する専門家および人工知能研究者を交えた議論を発展させる.

2. プロジェクトの成果報告

2-1. モデルに基づく情報提示による忘却支援 from 森田純哉(静岡大学)

精神的健康を維持するための忘却支援システムの開発を進めている.本システムは「忘れられる権利」を含む現代のWebの諸問題が,個人の精神状態の集積によって生じると仮定する.特に,抑うつなどの精神疾患と関連する反芻は,ネガティブな記憶の繰り返し的な想起を導く.反芻の原因となる記憶は,検索エンジンのパーソナライゼーションにより増強される.このメカニズムを防止するために,個人の心的状態のモニタリングに基づく介入を考案した.開発したシステムのインタフェースは,Web広告の形態をとる.Web上でのユーザの行動をモニタリングし,閲覧された商品画像を収集する.その画像をブラウザ上の広告領域に提示していく.提示においては,心理学的な記憶と感情の理論を取り入れたモデルを用い,そのパラメータにリアルタイムなユーザの生理指標を用いる.パラメータの対応方法として,ユーザとモデルの感情傾向を同調させるパターンとユーザとモデルの感情傾向を逆転させるシステムを用意した.実験の結果,現在のユーザの感情状態を逆転させるモデルを利用することで,ネガティブな反芻を抑止できる可能性が示唆された.

2-2. 忘却支援のコミュニティへの社会実装 from 遊橋裕泰(静岡大学)

プロジェクトの成果を現実に稼働するポータルサイトに組み入れる社会実装を進めている.実装先のポータルサイトは,本プロジェクトメンバーが生活する静岡県遠州地域に本拠をおくHamaZoである.HamaZoにおけるコンテンツ提示において,ネガティブな反芻を補正するバイアスを組み入れた.具体的には,ブログに含まれる単語の感情価にもとづき,検索窓に入力されたキーワードと合致するブログを,「ポジティブポイント」,「ネガティブポイント」,「インパクトポイント」など,異なる感情価の強度に応じてランキングする.また,サイトから抽出されたこれらのポイントを,ユーザに明示し,自分のありたい感情に応じた情報検索を促す.これらの仕組みにより,ユーザにとって不快な情報を適度に忘れさせ,ユーザを楽しく元気な状態に変容させることができると考えている. 2021年1月より,この仕組みを実際のサイトに設置し運用している.現在,アクセス履歴の分析やモニターユーザに対するインタビューデータを分析することで,感情価に基づく情報検索がユーザの気分に及ぼす影響を検討しているところである.

2-3. 忘れられる権利のサービスとしての受容性 from 高口鉄平(静岡大学)

 忘れられる権利について,経済的な観点からサービスとしての受容性を検討した.Web上の情報を削除できる仮想的なサービスを調査対象者に提示し,利用するサービスを選択させた.調査対象者に提示するサービスは,削除対象となる情報の種類とサービスの利用金額の観点から操作した.削除対象となる情報としては,(1)検索エンジンサイトでの検索履歴や閲覧履歴,インターネットショッピングサイトでの買い物の履歴や,位置情報サービス,(2)自身が一度SNS等を通じインターネット上にアップ(入力)した個人情報を第三者が拡散してしまった際に,その第三者が拡散した利用者の情報,(3)自身と関係なく第三者が,自身に関した内容を,SNS等を通じインターネット上にアップ(入力)した際に,その第三者がアップした投稿というものである.このうち(1) と (3) に関する需要が認められた.それに対して,(2)に関する需要は認められなかった.(本報告は神田健志(静岡大学)との共同研究の成果である)

2-4. SNSにおける投稿の忘却需要調査 from 山本祐輔(静岡大学)

 経済分析において需要は見出せなかったものの,個人のSNSの投稿を起因とした大規模な炎上は,現実には生じている.本研究では,そういった炎上を防ぎ,データの忘却を支援する新たな仕組みを提案するための足がかりとして,SNS ユーザの忘却に対するニーズを明らかにした.具体的には,投稿内容別に(1)投稿者が忘れたいこと,(2)他者に忘れられたいことの2つの観点から,忘却の必要性,忘却のタイミング等に関する調査を行った.また,Twitter,Instagram,Facebook といった複数の SNS について調査結果を比較することで,SNS の種類による忘却ニーズの違いを明らかにした.調査の結果,特に「特定の人物に対する意見」「社会の出来事に対する意見」「特定サービス・商品に対する意見」「宣伝」といった投稿内容に対する削除ニーズがあることが分かった.また,投稿の削除を希望する理由としては,現在の自分と過去投稿との不適合性,プライバシー対策,不快感情を喚起する記憶想起の回避が主な理由であることが明らかとなった.

3. 招待講演

  • 講演者: 生貝直人(一橋大学大学院法学研究科)
  • タイトル: デジタルアーカイブを巡る制度と課題(仮)

4.ディスカッション

本プロジェクトの調査から明らかになった忘れられる権利の概念化の困難さを踏まえつつ,プロジェクトにおける成果の社会実装可能性を議論する.