JSAI2020企画シンポジウム

忘却するWebの実現に向けた認知的・経済的アプローチ

本ページは,第34回人工知能学会全国大会にて開催される企画セッションのページです.

  • 大会日程: 2020年6月9日(火)〜6月12日(金) ZOOMによるオンライン開催
  • セッション日時: 2020年6月10日(水)9:00 - 10:40

企画者

  • 森田 純哉(静岡大学)
  • 高口 鉄平(静岡大学)
  • 遊橋 裕泰(静岡大学)
  • 山本 祐輔(静岡大学)

趣旨

近年のウェブおよび機械学習の発展は人間の生活および経済の仕組みを著しく変化させている.一方で現代のウェブ情報基盤は,人間が元来有する認知機構および旧来の社会構造との軋轢を生じさせている.忘れられる権利に関わる問題はその一つであり,こういった問題を解決するためには,人間および社会に関する領域と技術に関わる領域の密接な協同が求められる.本セッションにおいては,JSPS「課題設定による先導的人文学・社会科学研究推進事業」において実施されているプロジェクトの成果を紹介しつつ,人工知能研究者との議論を深める.

 本セッションはプロジェクトメンバーによる4件の話題提供と有識者を招いたパネルセッションから構成される.4件の話題は,いずれもネガティブな情報の忘却に関わるが,前半と後半では忘却すべき情報の所在が異なる.前半の1件目と2件目では,ウェブ上からパーソナルデータを消去(忘却)することの経済的および認知的な価値を議論する.それに対して,後半の3件目と4件目では,個人にとってネガティブな情報を自然に忘却する環境を,認知的観点,社会実装の観点から議論する.パネルディスカッションにおいて,上記の包括的な取り組みを集約し,計算社会学の旗手として活躍する有識者からのコメントを得ることで,個人と社会が調和した未来の情報社会を議論する.

セッション内容(予定)

パーソナルデータをめぐる経済的問題(高口鉄平(静岡大学))

近年,パーソナルデータの利活用が進展している.パーソナルデータの利活用によって,個人はより利便性の高いサービスを享受できるようになったが,一方で,プライバシーの侵害に対する懸念に直面する機会も増えている.この懸念を減少させる方策の一つとして,個人が企業に対しサービス利用後に自身のパーソナルデータの消去を求める「消去権」や,あるいは,個人からの妥当な要求に応じて当該個人に関する検索結果を出さないようにする「忘れられる権利」などが有効と考えられる.本報告では,「自身の情報のWebからの忘却」という文脈から,消去権や忘れられる権利について検討する.とくに,経済学的観点から,これらの価値について実証分析等を踏まえ検討する.

ユーザ主導によるウェブ検索結果の個人最適化の調整(山本祐輔(静岡大学))

本トークでは,ウェブ検索エンジン結果の個人最適化の影響を可視化し,その影響をユーザ主導でコントロールするためのシステムPersonalization Finderについての話題提供を行う.Personalization Finderの狙いは,ウェブ検索エンジンが暗黙的に行っている行動ログの取得の影響を可視化・削除(忘却)することで,フィルタバブルの影響を排した批判的なウェブ情報探索を行う機会を提供することにある.

話題提供者が行った事前調査によると,偏った意見をもつことが懸念される「政治トピック」において,ウェブ検索エンジンが個人の好みに合うように検索結果を調整したときの影響について,多くのウェブ検索ユーザが懸念している.その一方で,(実際に検索エンジンは検索結果の個人化を行っているにもかかわらず)検索エンジンは政治トピックに対して個人最適化を行っていることを知らないユーザが相当数いることも明らかになっている.

本トークでは,このような認識と事実のギャップを解消する上で,Personalization Finderの効果について紹介する.その上で,情報探索の文脈で「ウェブが何をどのように忘却すべきか」について考察する.

Well-beingな忘却を導くモデルベースWeb情報提示装置の開発(森田純哉(静岡大学))

話題提供者は,「忘れられる権利」を含む現代のウェブにまつわる問題の原因として,個人の精神状態に由来する反芻を想定する.反芻は,抑うつなどの精神疾患と関連する心的プロセスであり,ネガティブな記憶の繰り返し的な想起を意味している.こういった反芻の原因となる記憶は,検索エンジンのパーソナライゼーションにより増強される.さらに,個人の反芻的な情報検索が社会的に集積されることで,インターネット上での炎上など様々な社会的問題を生じさせると考える.

上記のメカニズムを個人のレベルで防止するためには,個人の心的状態のモニタリングに基づく適切な内容とタイミングでの介入が必要である.話題提供者らの研究室では,これを個人化された認知モデルに駆動される情報提示装置によって実現することを試みている.本トークでは,プロトタイプとして実装した情報提示装置を紹介し,実施中の評価実験の概略を述べる.

Well-beingな忘却を導く地域コンテンツ感性検索サービスの社会実装(遊橋裕泰(静岡大学))

GAFAなどプラットフォーマーが世界を席巻し,日本の地方都市でも彼らが提供するツールを利用しないで,サービスを展開しているICTビジネスを探すことは難しい.だが,中核的な価値創造をプラットフォーマーのツールでおこなうことは,そのビジネスの持続性も彼らの影響下にあることを意味する.

また,プラットフォーマーの多くが利用者のサービス利用ログを基にパーソナライズによって情報を提供しているが,コンテンツを提示するのにパーソナライズは必須ではない.むしろ,地方のICTビジネスではコンテンツの魅力に合わせて提示できることが好ましい可能性がある.

本研究では,パーソナライズサービスのアンチテーゼとして,コンテンツから感情表現を抽出し,適度に不快な情報を忘れ,楽しい,元気になるコンテンツを提示する検索サービスの開発をおこなった.この検索サービスを,全国第2位の規模を誇る地域情報ポータルサイト「HamaZo」に実装した事例を報告する.

パネル討論

計算社会科学の旗手として活躍される笹原氏を招待し,今後のWeb社会の行末と設計について議論する.